マッテアとマルコの家

勤務している前橋聖マッテア教会や新町聖マルコ教会の情報及び主日の説教原稿並びにキリスト教信仰や文化等について記します。

『ザ・ビートルズ「イエスタディ」に思う』

 ザ・ビートルズが4人そろって来日したのは一度だけ、今から58年前、1966年(昭和41年)6月29日から7月3日です。公演は6月30日(木)から7月2日(土)にかけて東京・日本武道館において計5回行われました。当時11歳(小学校6年生)だった私は、テレビでビートルズ日本公演の番組を見ました。そして今、私はこの日本公演をこの10枚組のCD「Live & Rare 1962-1966」で聞いています。

 このDisc Ten に6月30日のEvening Showと7月1日のAfternoon Show が収められています。後者の方が演奏はまとまっているように聞こえます。ハーモニーをつけるなど4人が力を合わせて演奏しています。この日の映像を以下のURLのYoutubeで見る(聞く)ことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=cxRAN9CIwAo&t=642s

 この映像の約33分後、ビートルズが演奏した全11曲のうちの7曲目に「イエスタディ」が収録されています。今回は、ビートルズナンバーの中で一番カバーされている名曲「イエスタディ」について思い巡らします。

 「イエスタディ」の作詞・作曲はレノン=マッカートニー名義となっていますが、実際はポール・マッカートニーが単独で書いた楽曲です。歌詞と私なりの翻訳を下に示します。

Yesterday all my troubles seemed so far away
Now it looks as though they're here to stay
Oh I believe in yesterday
昨日、悩みは遥か遠くにあるように思われた
それが今は ここにあるかのようだ
ああ 僕は昨日を信じてる

Suddenly I'm not half the man I used to be
There's a shadow hanging over me
Oh yesterday came suddenly
突然、以前の自分ではなくなって
僕は影に覆われてる
ああ 昨日は突然やって来た

Why she had to go
I don't know she wouldn't say
I said something wrong
Now I long for yesterday
なぜ彼女は行かなければならなかったのか?
僕には分からない 彼女は言ってくれなかった
僕は何か間違ったことを言ってしまったのか?
今は 昨日を心から望んでいる

Yesterday love was such an easy game to play
Now I need a place to hide away
Oh, I believe in yesterday
昨日、愛はとっても簡単に遊べるゲームだった
今、僕には隠れ家が必要だ
ああ 僕は昨日を信じてる
 
 「イエスタディ」は歌詞の内容から「自分の許を黙って離れた恋人を歌った曲」と解釈されていましたが、ポールは2001年に「14歳の時に乳癌で死去した母への想いを歌った曲」と述べています。それは以下のようです。
 「“イエスタデイ”については今歌っているとね、当時は分かってなかったけど、母親のことを歌っていたと思う。というのも『なぜ彼女は行かなければならなかったのか、僕には分からない。彼女も何も言わなかったし、僕が何か間違ったことを言ったのか』というくだりは、やっぱり今考えるとそう思えるのだ」と。
 昨日までいた「彼女」が、理由も言わずに去って行ってしまったという歌詞は、ポールは最初意識していなかったかもしれませんが、14歳の時に死別した母親(メアリー)を偲んで書いたものだと言えると思います。
 そのポールに必要なものは何でしょうか? それは「a place to hide away(隠れ家)」だというのです。
 「hide away」に関しては「Psalm(詩編)104:29」」にこうあります。 
「When you hide your face, they are dismayed; when you take away their breath, they die and return to their dust. (御顔を隠すと、彼らは恐れ 息を取り去ると、彼らは息絶えて塵に帰る。)」ここの「your face(御顔)」とは、主なる神の顔のことです。 
 では、「隠れ家(a place to hide away)」とは何でしょうか? 「詩篇 (Psalm)46:1-2」にこうあります。 
「神は私たちの隠れ家、また力、 苦難にあえぐときの確かな助けです。ですから、たとえ全世界が破裂し、山々が崩れ落ちて海に沈むようなことがあっても、怖がることはありません。(God is our refuge and strength, an ever-present help in trouble.Therefore we will not fear, though the earth give way and the mountains fall into the heart of the sea,)」
 ポールが必要とした「隠れ家」とは「神」のことで、「昨日(yesterday)」は母親とそこにいたのであります。「I believe in yesterday(僕は昨日を信じてる)」とはポールの信仰告白だと私は思います。

 14歳の時に母親と死別したポールは、その寂しさを埋めるためにギター等の楽器演奏に打ち込みます。そして、その10年後に「イエスタディ」を生み出し、今もこの曲はじめ多くの楽曲で多くの人を癒やしています。
 私も10歳の時に母親と死別し、その寂しさを埋めるためにピアノ演奏に打ち込みました。そのおかげで小学校や養護学校の教員時代には音楽の授業等で生かされ、今も障害者施設でミュージック・ケアを行い、その中でピアノを弾いています。

 母親の死をはじめ、人生には「なぜ彼女は行かなければならなかったのか」と思うことが起きます。そのような時に必要なのは「隠れ家」で、それは「神」なのであります。ザ・ビートルズ「イエスタディ」からこのようなことを思い巡らしました。