『「米国大統領就任後の礼拝」に思う』
1月21日(現地時間)、就任式を終えたトランプ大統領は、メラニア夫人やバンス副大統領夫妻と共に、カーター元大統領の国葬があったワシントン国立大聖堂(米国聖公会ワシントン教区主教座聖堂)で「国民のための祈りの礼拝(A Service of Prayer for The Nation)」に参列しました。

2時間を越える礼拝で、上質なコンサートを鑑賞したような印象もありました。この礼拝は、以下のURLで全部見ることができます。私はこのyoutubeにより式に参列しました。
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=PhHE8fvf92M&d=n
この礼拝は、1933年のフランクリン・ルーズベルト大統領の就寝の時以来続いているそうです(ルーズベルト大統領は聖公会信徒です)。式文は以下のURLで入手できますので、それを手にして式に参列してほしいと思います。
https://cathedral.org/wp-content/uploads/2025/01/Service-of-Prayer-for-the-Nation-2025-Online.pdf?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTEAAR1Jj5hAlgkXMME55_2UhN22THRCb3rAOQAh4Cw2IO_u-kxhCzD5rJd6AGE_aem_--uWvZ59zIlEyrsGOVIqXg

式の前に伝統的なクワイヤーの聖歌があり、その後、ギターやドラム・ピアノの伴奏により黒人女性がジャズやゴスペルを歌いました。さらに白人男性のテノールが海兵隊のオーケストラをバックに「主の祈り」の聖歌等、3曲を歌いました。トランプ大統領夫妻が聖堂の最前列の所定の場所に着くのは、42分55秒後です。
この礼拝には、プロテスタント、メノナイト、モルモン教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教、シーク教、仏教の指導者など、さまざまな宗派の指導者が参加し、聖書や各聖典の朗読や各宗派の方法による「招きの祈り(Call to Prayer)」を行っていました。様々な人種、多くの女性の聖職者がいました。
国歌斉唱では、トランプ大統領だけが敬礼し、他の参列者は胸に手を当てていました。

この礼拝は聖公会の伝統に則りながらも、ジャズやゴスペルの音楽や他宗教の指導者も役割を果たしていました。メソジストやバプテスト等の他教派、黒人女性や白人男性、インド系の人、イスラム教徒やユダヤ教徒、仏教徒といろいろな立場の人が参列していました。
特に、このワシントン教区のマリアン・バッディ主教の説教が心に残りました。この礼拝開始の1時間33分後くらいから主教様の説教が始まります。そこでは、すべてのアメリカ人に、誠実さ、謙虚さ、人間の尊厳の尊重に基づく新たな団結を目指すよう呼びかけ、最前列に座っていたドナルド・トランプ大統領に最後の言葉を向けました。

マリアン・バッディ主教の説教は、はっきりした温かい声で、心がこもっていました。説教をぜひご覧ください。約15分です。説教の抜粋の翻訳を下に示します。
「私たちは今朝、国民として、そして国家としての団結を祈るために集まりました。政治的な合意のためでもなく、多様性と分裂を越えてコミュニティを育むような団結、共通の利益に奉仕する団結のために祈りました。…適合ではありません。それは勝利ではありません。それは、疲れから生まれた礼儀正しい疲労や消極性ではありません。団結は党派的ではありません。
むしろ、団結とは、私たちの違いを包含し、尊重する方法であり、複数の視点と人生経験を有効で尊敬に値するものとして保持することを教え、私たちのコミュニティや権力の殿堂で、意見が合わない場合でも、純粋にお互いを気遣うことを可能にする方法です。
私たちの神の名において、今、怯えている私たちの国の人々に慈悲を持ってください。
ゲイ、レズビアン、トランスジェンダーのアメリカ人の中には、自分たちの命を恐れている人もおり、全米のコミュニティで勤勉な移民の家族にも同様の恐怖が迫っています。彼らは市民ではないか、適切な書類を持っていないかもしれませんが、移民の大多数は犯罪者ではありません。彼らは税金を払い、良き隣人です。彼らは私たちの教会やモスク、シナゴーグ、グルドワーラ、寺院の忠実なメンバーです。
大統領閣下、親が連れ去られるのではないかと恐れる子供たちを持つ私たちのコミュニティの人々に対して、憐れみを持ってください。また、自国での紛争地帯や迫害から逃れてきた人々が、ここで思いやりと歓迎を見出すのを助けてくださるようお願いします。私たちの神は、私たちが見知らぬ人に慈悲深くあるべきだと教えています、なぜなら私たちは皆、かつてこの地で異邦人だったからです。」
マリアン・バッディ主教の説教は、米国の良心を反映した説教だったと思います。トランプ大統領がこの説教を心に留め、多様性を尊重し、調和・人権・尊厳・謙遜等に配慮して政権を運営することを願います。
米国大統領就任後の礼拝は、全体としては聖公会の伝統的な式の流れに沿っていましたが、ジャスやゴスペルのテイストがあり、他教派・他宗派の聖職の方々と役割を分かちあって共に進めていました。それは英国のチャールズ国王の戴冠式でも感じたことです。日本聖公会もオルガンやクワイヤーだけでなく、もっと現代的な様式を取り入れ、他教派・他宗派とも連携していく必要があるのではないでしょうか?
米国は信仰の自由を謳っていながらも、国葬や大統領就任後の礼拝等、国の儀式としては聖公会の様式で行われています。厳粛な面と今日的な面を融合させていました。私たちは違いを認め合い、お互いを尊重し、共に生きる社会を創り上げていきたい、と思いました。
大統領就任後の礼拝から、このようなことを思い巡らしました。