『「リパッティ・ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」に思う』
NHK-FMのクラシック音楽番組「×(かける)クラシック」の11月のテーマは「巨匠×クラシック」でした。その17日(日)の放送(再放送は22日(金))の番組の中で(私が聞いたのは再放送)、ウィーン・フィルの日本人メンバーの一人が「巨匠」ということで思い浮かぶと紹介されたのが「ディヌ・リパッティ」でした。その番組で放送された彼の演奏が、バッハ「シチリアーノ」でした。私はその日は車の中でこの番組を聴いていて、教会に着いたときがちょうどこの曲の途中でした。清らかで凜とした美しい音色は私の心をつかみ、車の中で最後まで聴いてしまいました。この演奏は以下のURLで聞くことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=AqMpyanw0vc
リパッティについては、音楽之友社の「不滅の巨匠たち」等の音楽雑誌や吉田秀和の「世界のピアニスト」等で名前は知っていましたが、これほど魅力的とは思ってもいませんでした。そこで2枚の彼のCDを購入しました。1枚は「シチリアーノ」の収録されている「ピアノ・リサイタル(これにはバッハの「主よ、人の望みの喜びよ」や「イエス、わたしは主の名を呼ぶ」等が収められています)」ともう1枚は「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」です。どちらも良かったですが、特に後者のCDの演奏には深く感動しました。

このCDの音源は以下のURLで全部聞くことができます。70年以上前の録音とは思えない、その場にいるような粒立ちのいい音で取られ、吸い込まれるような演奏です。
https://www.youtube.com/watch?v=hBCnXZztxcs
ディヌ・リパッティは、リンパ肉芽腫症(白血病に似た症状)のため1950年12月2日に33歳という若さでこの世を去りました。「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」は息を引き取る2ヶ月前、いつ倒れても不思議はない健康状態の中での演奏の記録です。このコンサートが最後になるということをリパッティ自身も、家族とその周辺の人々も、そして聴衆も、すべての人が知っていたそうです。
リパッティが選んだ最後の曲、最後に伝えようとした音楽。これに耳を傾けていると、神が人それぞれに与えられた賜物と使命について、そして、人生の終わりを間近にした時に人はどうあったらいいか等について思い巡らさずにはいられません。
この告別演奏会の演奏曲順は以下の透りです。
1. 拍手
J.S.バッハ「パルティータ 第1番 変ロ長調 BWV.825」
2. I.前奏曲
3. II.アルマンド
4. III.クーラント
5. IV.サラバンド
6. V.メヌエットI&II
7. VI.ジーグ
モーツァルト「ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310」
8. 第1楽章:アレグロ・マエストーソ
9. 第2楽章:アンダンテ・カンタービレ・コン・エスプレッショーネ
10. 第3楽章:プレスト
シューベルト
11. 即興曲 第3番 変ト長調 D.899-3
12. 即興曲 第2番 変ホ長調 D.899-2
ショパン「13のワルツ」
13. 第5番 変イ長調 作品42 ≪大円舞曲≫
14. 第6番 変ニ長調 作品64-1 ≪小犬のワルツ≫
15. 第9番 変イ長調 作品69-1 ≪別れのワルツ≫
16. 第7番 嬰ハ短調 作品64-2
17. 第11番 変ト長調 作品70-1
18. 第10番 ロ短調 作品69-2
19. 第14番 ホ短調 遺作
20. 第3番 イ短調 作品34-2 ≪華麗なる円舞曲≫
21. 第4番 ヘ長調 作品34-3 ≪華麗なる円舞曲≫
22. 第12番 ヘ短調 作品70-2
23. 第13番 変ニ長調 作品70-3
24. 第8番 変イ長調 作品64-3
25. 第1番 変ホ長調 作品18 ≪華麗なる大円舞曲≫
モーツァルト「ピアノ・ソナタ 第8番 イ短調 K.310」とシューベルトの「即興曲 第2番 変ホ長調 D.899-2」は、中学の時に演奏したことがあるのですが、こんなに魅力的な曲だったとは、私が弾いた同じ曲とは思えません。確かなテクニックと深い精神性にあふれる演奏です。
このコンサートでは、もう1曲を予定していたそうで、それがワルツ第2番。この曲は、とうとう力尽きて演奏できませんでした。しかし、最後の力を絞ってアンコールで「主よ、人の望みの喜びよ」を演奏したそうです。残念ながらそれは録音が遺されていません。
9月16日、コンサート当日、リパッティは、午前中にホールに到着し、リハーサルを行い、このときの、体調はまずまずだったと言います。しかしながら、午後になって、体調は悪化し、熱が出始め、妻のマドレーヌや、医師団、この日のために駆けつけた、師であるナディア・プーランジェも、とても演奏できる状態ではない、と演奏会のキャンセルを勧めたそうです。しかし、彼は、演奏することが、神への献身の証であり、彼の演奏を聴くために集まった人々ためにピアノを弾くことが自分の使命だと繰り返し、周囲の説得を拒んだそうです。そして、リパッティは、医師や妻らの説得を振り切り、注射を打ち、ゆっくりと着替え、楽屋までの階段を一段一段、息を切らしながら上ったと言います。のちに、妻のマドレーヌは、その光景を、イエス様が十字架を背負って登った「ゴルゴタの丘」に例えたとのことです。
先主日の聖餐式の福音書はルカにルカによる福音書21:25-36で、世の終わりの兆候があったとき、その時も慌てることなく、神を見上げ神にすべてを委ね、目を覚まし祈ることが勧められていました。
ピアニストのリパッティは、人生の終わりの時、神から与えられた音楽の賜物を生かし、彼の演奏を待つ聴衆に聴かせるという使命を果たしました。そして、その演奏は今も私たちに感動を与えています。
私も来年3月31日で定年となりますが、リパッティに比べようもありませんが、神から与えられた賜物を自覚して、神を見上げ、使命を果たすことができるよう、導きを祈りたいと願います。
リパッティの「ブザンソン音楽祭における最後のリサイタル」を聴いて、このようなことを思い巡らしました。