『「ブッシュ孝子全詩集 暗やみの中で一人枕をぬらす夜は」に思う』
コロナに罹患し安静にしていたときに読んだ若松英輔「君の悲しみが美しいから僕は手紙を書いた」の中で引用していたブッシュ孝子の全詩集を購入し、読み進めました。

この詩集は、若くして病を患い、闘病中にドイツ人青年と結婚した女性が、命を終えるまでの5ヶ月間にノートにつづった詩のことばを日付順に並べ収めています。ブッシュ孝子は1973年9月9日から詩を書き始め、92編の詩を残し、1973年1月27日に永眠、28歳でした
この詩集から私が共感した数編を以下に示します。
「夢の木馬1(旅立ち)」
白いスワンの木馬に乗って
始めて空にとび立った日
古びて黄ばんだ写真のような家から
母に別れをつげてとび立った日
子供の時代に別れをつげた日
古い世界に別れをつげた日
あの日以来 私の心は
不安におののき あこがれにやかれ
一点の青空を求めて 黄色い空に中をただひたすら
とびつづけておるのです
(9月9日)
もしも 私が死んだら
おざしきぼっこに私はなりたい
誰にも知られずざしきの中で
みんなと一緒に笑っていたい
(9月11日)
私のために生きようという人がいる
その人のために私も生きよう
(9月14日)
「あやまち」
あやまちは誰でもする
つよい人も よわい人も
えらい人も おろかな人も
あやまちは人間をきめない
あやまちのあとが人間をきめる
あやまちの重さを自分の肩に背負うか
あやまちからのがれて次のあやまちをおかすか
あやまちは人生をきめない
あやまちのあとが人生をきめる
(9月16日)
「いのり」
神様ありがとうございます
あなたの与えてくれた心 無駄にはいたしません
あなたの与えてくれた命 無駄にはいたしません
ですから どうぞ その炎が自らもえつきるまで
私をお守りください
(検査の無事を感謝して)
(9月25日)
暗やみの中で一人枕をぬらす夜は
息をひそめて
私をよぶ無数の声に耳をすまそう
地の果てから 空の彼方から
遠い過去から ほのかな未来から
夜の闇にこだまする無言のさけび
あれはみんなお前の仲間たち
暗やみを一人さまよう者達の声
沈黙に一人耐える者達の声
声も出さずに涙する者達の声
(10月2日)
私の身体が痛みと戦っている時は
私の心は必死で それに耐えている
私の心が苦しみと闘っている時は
私の身体は一生けん命 それに耐えている
ああ いつになったらお前達二人
手をとりあって喜びあう日がくるのだろう
(10月6日)
詩は生命(いのち)から生まれる
生命は詩から生まれる
そんな詩でなければ詩とはいえない
そんな生命でなければ生命とはいえない
(10月7日)
死ぬのがこわくないといえば
それはうそになる
でも死を目の前にしながら
生きることの方がもっとこわい
その恐怖の中で自分を見失うことの方が
もっとこわい
そして残された時間が空しく流れる
ことの方がもっとこわい
(10月8日)
凡人なる凡人は
自分を凡人と思わない人
非凡なる凡人は
自分が凡人であることを知っている人
非凡なる非凡人は
自分が非凡であることを知っている人
凡人なる非凡人は
自分を凡人と思おうとしている人
この順に人数は少なくなる
(10月12日)
ああローソク
お前の丸やかな静かなひらめきの中には
古しえからの無数の灯と
古からの無数の人の祈りとが
ひそんでいる気が私にはする
(12月12日)
失うという事を
知らない人がいる
得るという事を
知らない人がいる
何だか最近は
そんな可哀そうな人ばかり
(1月21日)
詩は「いのち」であり「祈り」だと思います。死を前にした病いが彼女を詩人にしました。でもそれだけではなく、私には神様の力が働いていたと感じます。死後50年を過ぎて、これらの詩は私たちに「生きることの真実」を伝えています。28歳で召されたブッシュ孝子は、この世での彼女の使命を果たして、魂の故郷である御国に帰っていったと確信します。