『「リジューのテレーズの祈り」に思う』
去る8月21日(水)のFEBCキリスト放送の番組「祈りのともしび―ひとつごころで御前に立つ」(平野克己牧師)では、リジューのテレーズの祈り「イエスさまの御顔」が取り上げられました。以下のURLで聞くことができます。
https://www.febcjp.com/2024/08/21/
リジュ-のテレーズは1897年に、肺結核のため24才の若さでこの地上での生を終え帰天したカルメル会の修道女です。カトリック教会、特にフランスではとても愛されている聖人で、女性で4人しかいない教会博士の一人です。「小さき花のテレジア」とも呼ばれています。私は20年位前から、この聖女の著作等に親しんでいます。十字架の聖ヨハネにもつながる深い霊性があります。2005年の夏にフランスを旅行した時、リジューに訪れ、聖テレーズを記念して建てられた大聖堂や彼女のいた修道院等を巡ったこともあります。
リジュ-のテレーズの生涯と信仰については、この新書「リジューの聖テレーズ 小さい花の物語」がコンパクトによくまとまっています。

リジュ-のテレーズの祈りでは、放送で流れた「イエスさまの御顔」も率直で良いですが、私はテレーズが書き残した21編の祈りの20番目の祈り、死の約3ヶ月前に記された「謙遜を求める祈り」が好きです。以下に記します。
『主イエス、あなたは仰せになりました
「わたしは優しく、心の低い者であるからわたしに学びなさい そうすればあなたがたはやすらぎと励ましとを見いだす」と
そうです、わが主、わが神よ
あなたがしもべの姿と本性とをご自分のものとされ 弟子の足を洗うほど 自らを低められたのを見て わたしの魂はやすらぎ、励まされます
次のお言葉も思い出されます
「わたしはあなたがたに手本を示した あなたがたもわたしのしたようにするために 弟子が師に勝ることはない あなたがたがこのことを悟り 実行するなら、幸いだ」と
柔和で謙遜なあなたのお心から出るこれらの言葉を 主よ、わたしは理解いたします それらを実践に移したいのです あなたの恵みに力づけられて
でも、主よ、あなたはわたしの弱さをご存じです 謙遜を実行する決意を毎朝立て 夕方には傲慢の罪を また犯してしまったことに気づく わたしの弱さを
この事実を思うとき わたしは失意と落胆との誘惑を感じます けれど、わかっているのです 失意と落胆も、結局は 傲慢の産物にほかならないことを
わが神よ、わたしは自分の希望を あなたおひとりにのみ置きたいのです
あなたは全能な方 わたしの求める謙遜の徳を どうか、わたしの心に根づかせてください
あなたの限りないいつくしみにより 謙遜の恵みがいただけるよう わたしはしばしばくりかえし祈ります
「心の柔和で謙遜なイエスよ わたしの心をあなたのお心に あやからせてください」』
テレーズの「小さき道」という考えが表れている祈りだと思います。幼子のような「小さき道」を行くという・・・。
テレーズのこの「謙遜を求める祈り」のように、柔和で謙遜なイエス様の心を自分の心としていただけるよう、聖霊の導きを祈りたいと思います。