『白雪姫とキリスト教』
ディズニーの映画「ピノキオ」を見るためにDVDを購入しましたが、その時、他の作品も一緒に10枚組のセットで購入しました。格安で2,980円でした。著作権保護期間が終了しているためでした。
先日、東京にいる小学2年生の孫娘が二泊三日で群馬に来ました。その子にその10枚組を見せたら「白雪姫が見たい」というので、一緒に鑑賞しました。

「白雪姫」は1937年の制作で、ディズニー初の長編アニメーション映画です。色もきれい、動きもスムーズでとても戦前の作品とは思えません。
私自身、子供の頃にディズニーの「白雪姫」を映画館やテレビで見た記憶はあるのですが、今見てみると「白雪姫」もかなりキリスト教を反映していると感じました。「白雪姫」は1812年にグリム兄弟によって再話された童話で、現代よりもキリスト教の影響が強かった時代のドイツで伝承されていた物語ですので、キリスト教色があるのはもちろんですが、今回、私が気づいたこの物語とキリスト教との関係を記します。
「白雪姫」のあらすじは以下のようです。
王様と女王の願いを受けて、かわいい白雪姫が誕生しました。しかし、女王は病気で亡くなってしまいました。新しく来た女王は、自分の美しさしか考えていません。魔法の鏡に「世界中であなたが一番美しい」と答えてもらっては喜んでいました。
しかし、白雪姫が美しい王女に成長すると、魔法の鏡の答えは変わりました。「自分よりも美しい者がいるなんて!」怒った女王は白雪姫を殺すように家来に言いました。しかし家来は命令に背き、白雪姫をこっそり森の奥に逃しました。白雪姫はそこで7人の小人の家を見つけ、一緒に住ませてもらうことになりました。
魔法の鏡によって、白雪姫がまだ生きていることを知った女王。魔女となり毒りんごを作ると、自ら、白雪姫をだまし、毒りんごを食べさせることに成功しました。
仕事から帰ってきた小人たちは、白雪姫が死んでしまったと思って、嘆き悲しみました。しかし、小人たちは白雪姫を葬ることをせずガラスの棺に入れてそばに置きました。するとそこへ、嵐にあった王子が迷い込んできました。王子が白雪姫に優しくキスをしたら、白雪姫は深い眠りから目覚めました。女王は自業自得で亡くなりました。そして、王子と白雪姫はいつまでも幸せに暮らしました。
白雪姫が魔女の毒リンゴを食べて死んでしまうのは、創世記のアダムとエヴァのエピソードを思い浮かべます。
7人の小人が集団生活をしているのは修道院のようにも思われます。息を引き取った白雪姫をガラスの棺に入れたところ腐らなかったのは、まるでルルドの聖母と出会ったベルナデッタや不思議なメダイのカタリナ・ラブレのようです。
白雪姫を訪ね、触れて甦らせた王子は、神の御子、イエス・キリストと思われます。触れることで死者を甦らせたのは「ヤイロの娘」を思い浮かべます。マルコによる福音書5:40~42にこうあります。
『人々はイエスを嘲笑った。しかし、イエスは皆を外に出し、子どもの父母、それにご自分の供の者だけを連れて、子どものいる所へ入って行かれた。そして、子どもの手を取って、「タリタ、クム」と言われた。これは、「少女よ、さあ、起きなさい」という意味である。少女はすぐに起き上がって、歩きだした。十二歳にもなっていたからである。それを見るや、人々は卒倒するほど驚いた。』
まさにこのシーンと同様のことが白雪姫のラストで起きたのだと思います。死者が甦るという奇跡は、ヤイロの場合はヤイロの父親の信仰のゆえですが、白雪姫の場合は7人の小人(修道士)の信仰のゆえと思います。
別件ですが、ディズニーのこの映画等が与えた影響は日本にも及び、今回DVDを見て、小人の一人が鉄腕アトムのお茶の水博士によく似ていたことに気づきました。「ピノキオ」でもアトムを製作した天馬博士が、アトムが本当の人間になることを望んでいたことは、ゼペットじいさんの思いと酷似しています。
白雪姫が生き返ったり、ピノキオが本当の人間になったのは王子や妖精に姿を変えたイエス様の力、計らいによるものだったと考えます。そしてその奇跡を引き起こしたのは、近くにいる愛する人の強い思い(信仰)だったと考えるのであります。