「星野富弘さんと私のストーリー②」
去る5月16日(木)の朝日新聞群馬版の告知板に「読書会 星野富弘さんと私のストーリー」が載りました。

この記事をご覧になった方からハレルヤブックセンター宛てに手紙が届きました。元群馬県立高校長の大木隆明先生からでした。
朝日新聞のこの記事を見て「ぜひ参加したい」と思われたのですが、当日、県外で会議があるため出席できないので、手紙を送ってくださったようです。
手紙と共に、高崎女子高校長だった時に記したコラムのコピーが同封されていました。大木先生が県教育委員会高校教育課で指導主事をされていた時、赤城青年の家での初任者研修で1時間講演した際に、星野富弘さんの「小手毬の詩」を用いたことに関するエピソードでした。
ご本人の許可を得ましたので、このコラムの抜粋を下に示します。
『「あのう、失礼ですが大木先生ではないですか」
新宿の雑踏の中で、40がらみの男から不意に声をかけられた。
「やっぱりそうでしたか。私、群馬県のA高校で教師をしています。初任者研修の時に先生にご講話をいただきました」
「はあ、そうですか」
「先生は私たち新任教師に、教師としての心構えについてお話ししてくださいました。」
小手毬(こでまり)の 咲く
あの道を
歩いて 来たのですか
あなたの傘に
小さな 白い花びらが
付いています
(詩・星野富弘)
この詩から先生のお話が始まったのです。とっても印象深い詩だったので、今でも全部そらで言えます」
よく覚えていてくれたものだ。私もなんだかうれしくなってきた。
「こんなところで立ち話もなんだから」と近くのコーヒーショップでお茶でもということにした。今夜はホテルに帰って寝ればいいだけあだった。
「小さな花びらが、傘にひとひらついているのを目ざとく見つけ、『小手毬の咲く、あの細い道を通って来たのでしょう』と言い当てた。作者の繊細などんな小さなことも決して見逃さないあの神経を、皆さんはこれから持ち続けなければいけない。
生徒から発せられる見えない訴えにも、いち早く気づかなければならない。感度の良いアンテナを常に高く掲げていなさい。そんなことをおっしゃいました。私はいつもその言葉を思い出しています。いつかお会いできたらお礼を言おうと、すうっと思っていました」
初任研の時の話を、昨日のことのように話している。そういえば、彼に言われるまですっかり忘れていたが、確かにそんな話をした。・・・(後略)』
この「小手毬の詩」はこの花の詩画集「速さのちがう時計」の中に収められています。

「小手毬の詩」の制作年は1986年です。この詩画集に収められている詩画はすべて朝日新聞群馬版で発表された物で、大木先生がご覧になったのも新聞紙上だったと思われます。
この詩は、富弘さんの妻、昌子さんへ向けた詩と思われますが、この詩を新任の先生方の研修の冒頭で読み上げた大木先生のセンスに感銘を受けました。そして、群馬県の中学校の体育教師だった富弘さんの詩が、群馬の教育を担う新任の先生方の心に響き、その思いを心にとめて日々の教育活動を行っていたことを思います。富弘さんご自身が直接生徒たちに指導した期間は2ヶ月と少なかったのですが、富弘さんの生き方が群馬県の教員に影響を与え、間接的に群馬県の生徒の指導にも示唆を与えていたのです。
星野富弘さんの作品はこのように多くの方に影響を与えています。6月1日の読書会にぜひ皆さん参加して、富弘さんの作品とご自分のストリーを語り合いましょう!