『ジョージ・ハリスン「コンサート・フォー・バングラデシュ」に思う』
前々回のブログでジョージ・ハリスン「マイ・スウィート・ロード」について記しました。この曲の入っている3枚組のレコード「オール・シングス・マスト・パス」を1970年11月30日にリリースした後のジョージの活動で特筆すべきものに1971年8月1日にニュー・ヨークのマジソン・スクエア・ガーデンで行われた「バングラデシュ難民救済コンサート」があります。今回はこのコンサートについて思い巡らしたいと思います。
1971年は昭和46年で、私は高校2年でした。翌年このコンサートの模様は映画化され、私は群馬で見たか、大学に入ってからの名画座のようなところで見たか忘れましたが、ジョージやリンゴ・スター、エリック・クラプトン、ボブ・ディラン等の映像を心ときめかして見たことを覚えています。
今回、家にあったこのDVD(1998年発売)で見直しました。

このコンサートについては次のURLで見る(聞く)ことができます。
https://www.youtube.com/watch?v=Tby39qh9Lts
このコンサートを実施するまでのいきさつ及びその後については以下のようです。
当時28歳ジョージ・ハリスンのもとに友人でありシタールの師でもあったインドの音楽家ラヴィ・シャンカールが訪ねて来ました。ジョージはこう言っています。
「瞳に悲しみを溢れさせた友達がやって来て、助けが欲しいと僕に訴えたんだ。僕は彼の悲しみを実感することは出来なかったけど、何かしなければと思った。」
1971年、バングラデシュではパキスタンからの激しい独立運動が起こり、何百万もの避難民が、飢餓、病気、洪水に苦しみ、多くの子どもたちが命を落としていました。ニューヨーク在住のラヴィ・シャンカールはバングラデシュで発生している難民の飢餓を訴えるためにジョージのもとを訪れたのでしだ。
「我々がバングラデシュのためにできることはないだろうか?」と考えたジョージは、彼らのためにチャリティーコンサートを行い、世界にこの現状を知らせ、寄付を募ることを決意しました。
チャリティーコンサートといえば、慈善・博愛の精神に基づいてミュージシャンたちがノーギャラで出演し、その収益金を寄付するものです。これを最初に提唱したのがこの時のジョージ・ハリスンだったのです。彼はリンゴ・スター、エリック・クラプトン、ビリー・プレストン、レオン・ラッセル、ボブ・ディラン等、多くの友人のミュージシャンに声をかけ、賛同を得ました。
そして1971年8月1日。ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンにて、世界初の試みとなった大規模なロックチャリティーコンサート“The Concert for Bangla Desh”が開催されました。
コンサートの全収益、そしてジョージがリリースしたシングル「バングラ・デシ(Bangla-Desh)」の売上全額がバングラデシュに寄付されました。
その後、コンサートの記録映画も製作され、その興行収入、そしてライブアルバムの売り上げも合わせて1,500万ドルがユニセフに寄付されています。
ジョージの死後、妻のオリヴィアは夫の遺志を継ぎ、このコンサートに関わるDVD/CD収益の窓口となる“ユニセフ・ジョージ・ハリスン基金”を設立します。そこに集まるお金は、すべてユニセフへ寄付され、今もバングラデシュをはじめ世界中の“困難な環境にある子どもたち”の支援に使われているということです。
このコンサートのライブ映像でのジョージの風貌は、まるでミラノの聖骸骨布のキリストのように10代後半の私には思われました。
バングラデシュ・コンサートではアンコールとして演奏されたジョージのメッセージ・ソング「バングラ・デシ(Bangla-Desh)」の歌詞と訳は以下のとおりです。
ジョージ・ハリスン Bangla Desh
My friend came to me (with) sadness in his eyes
(He) told me that he wanted help before his country dies
Although I couldn't feel the pain I knew I had to try
Now I'm asking all of you to help us save some lives
友達がやってきた、目に悲しみを湛えて。
彼は言った、助けてほしい、私の国が死んでしまう前に。
僕には痛みは感じられなかったが、すぐに何かしなければならないと分かった。
今、みんなにお願いする、私たちが命を救うのを手伝ってほしい。
Bangladesh, Bangladesh Where so many people are dying fast
(And) it sure looks like a mess (I've) never seen such distress
Now won't you lend your hand, and understand Got to relieve Bangladesh
バングラデシュ、バングラデシュ
そこでは、あまりに多くの人が次々と死んでいく。
間違いなく大惨事だ。 こんな惨状は見たことがない。
今すぐに手を貸してくれないか、分かってくれないか。
バングラデシュを救わなければならない。
Bangladesh, Bangladesh Such a great disaster, I don't understand
But it sure looks like a mess (I've) never known such distress
(Now) please don't turn away, I wanna hear you say
Relieve the people of Bangladesh Got to relieve Bangladesh
バングラデシュ、バングラデシュ こんな大災害は、僕には理解すらできない。
間違いなく、混乱に陥っているみたいだ。
こんな悲惨な光景を僕はこれまで知らない。
どうか目を背けないで、君がこう口にするのを聞きたい。
バングラデシュの人々を救わなければ、と。
Bangladesh, Bangladesh Now it may seem so far from where we all are
(It's) something we can't neglect (This) suffering I can't regret
Now won't you give some bread, (to) get the starving fed
(We've) got to relieve Bangladesh
バングラデシュ、バングラデシュ
今、僕たちがいるところから、とても遠く離れているかもしれない。
だけど無視しているわけにはいかない。 悲嘆に暮れている場合じゃない。
さあ、どうかパンを少しくれないか、飢えている人に与えたいんだ。
僕たちはバングラデシュを救わなければいけないんだ。
Relieve the people of Bangladesh
We've got to relieve Bangladesh
Relieve the people of Bangladesh
バングラデシュの人々を救おう
私たちはバングラデシュの人々を救わなければならない
バングラデシュの人々を救おう
これまで内省的と思われていたジョージとしては、直接的な訴える内容となっています。この歌詞やこの「バングラデシュ難民救済コンサート」で思い浮かんだ聖句があります。それはマタイによる福音書25:40です。
「そこで、王は答える。『よく言っておく。この最も小さな者の一人にしたのは、すなわち、私にしたのである。』」
最後の審判におけるキリストの言葉です。ジョージが苦しんでいるバングラデシュの人々のためになしたことは、実は主イエス・キリストにしたことだったのではないだろうか。単なる博愛精神でしたことではなく、信仰に基づく行為だったように思うのです。
自分の与えられたタレントで小さくされた人たちに奉仕すること。それを主は求めておられます。私も久しぶりに来週月曜に、近くの放課後等デイサービスでミュージック・ケアをすることになりました。障がいのある子どもたちと音楽を通して楽しい時間を共有したいと願っています。
ジョージ・ハリスンのように大きなことはできなくても、自分にとって小さくされた人たちにできる奉仕は何なのか、自分の与えられたタレントで主に行う捧げ物について、どなたも考えていただけたらと思います。